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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18622号 判決

原告

河合尚朝

河合繊維工業株式会社

右代表者代表取締役

河合尚朝

原告

株式会社ウイン

右代表者代表取締役

河合尚朝

右三名訴訟代理人弁護士

松田武

被告

株式会社一の宮カントリー倶楽部

右代表者代表取締役

川崎達夫

右訴訟代理人弁護士

永倉嘉行

被告

髙橋吉明

右訴訟代理人弁護士

泉澤博

主文

一  被告株式会社一の宮カントリー倶楽部は、原告河合尚朝に対し、金四一六四万二一二九円及び平成元年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告河合尚朝の被告株式会社一の宮カントリー倶楽部に対するその余の請求及び被告髙橋吉明に対する請求をいずれも棄却する。

三  原告河合繊維工業株式会社及び原告株式会社ウインの請求をいずれも棄却する。

四  原告河合尚朝と被告株式会社一の宮カントリー倶楽部との間で生じた訴訟費用を三分し、その一を被告株式会社一の宮カントリー倶楽部の負担とし、その余を原告河合尚朝の負担とし、原告河合尚朝と被告髙橋吉明との間で生じた訴訟費用は原告河合尚朝の負担とし、原告河合繊維工業株式会社及び同株式会社ウインと被告らとの間で生じた訴訟費用は原告河合繊維工業株式会社及び同株式会社ウインの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告河合尚朝に対し、連帯して、金一億五八四一万八二二一円及びこれに対する平成元年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告河合繊維工業株式会社に対し、連帯して、金二七五〇万円及びこれに対する平成元年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告株式会社ウインに対し、連帯して、金二七五〇万円及びこれに対する平成元年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、会社を経営する原告が、ゴルフのプレイ中に、隣接ホールからの打球で左眼を直撃され負傷したとして、当該ゴルフ場並びに加害プレイヤーに対し、個人と経営会社両方の損害賠償として、次のとおり、合計二億一三四一万八二二一円の支払いを求めた事案である。

1  原告個人の損害

(一)  積極損害(入院雑費・医師への謝礼等) 六四万九〇〇〇円

(二)  後遺障害による逸失利益

一億一七七六万九二二一円

(三)  慰謝料

二五〇〇万〇〇〇〇円

(四)  弁護士費用

一五〇〇万〇〇〇〇円

2  原告会社(二社)の損害

(一)  逸失利益

各二五〇〇万〇〇〇〇円

(二)  弁護士費用

各二五〇万〇〇〇〇円

一 争いのない事実等

1  被告株式会社一の宮カントリー倶楽部(以下「被告会社」という。)は、現在、千葉県一宮町東浪見において、一の宮カントリー倶楽部という名称のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を所有して経営している。

2  本件ゴルフ場には、東コース一八ホール及び西コース一八ホールの合計三六ホールが設定され、そのコースレイアウトは、おおむね別紙図面一のとおりである。

3  原告河合尚朝(以下「原告河合」という。)は、平成元年一〇月二六日、本件ゴルフ場東コースにおいて、プレイしていたが、昼過ぎに東コース一〇番ホール(以下、単に「東一〇番」という。)のバックティーグラウンドに向かったところ、隣接する東一八番ホール(以下「東一八番」という。)でプレイ中の被告髙橋吉明(以下「被告髙橋」という。)の第二打目の打球が飛来し、原告河合の左眼を直撃した(以下「本件事故」という。)。

二 争点

1  本件事故について、被告髙橋にはプレイヤーとしての過失があるか否か。

2  本件ゴルフ場は、東一〇番と東一八番の隣接部分において、東一八番からの打球が東一〇番のティーグラウンド付近に飛来することを防止するための防護網を設置していなかったことにより、ゴルフ場として通常有すべき安全性を欠いていたものと認めることができるか。

3  原告河合繊維工業株式会社及び原告株式会社ウイン(以下「原告会社ら」と総称する。)の損害賠償請求権の成否

4  原告河合の損害の程度

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告髙橋の過失)、2(ゴルフ場の瑕疵の有無)について

当事者間に争いのない事実に加え、証拠(甲七の1ないし18、乙一、二、三の1ないし7、丙一、証人小林慎一、原告河合本人、被告髙橋本人、当裁判所の検証の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件ゴルフ場における東一〇番と東一八番との隣接状況及び本件事故当日の経緯として、以下の事実を認めることができる。

1  本件ゴルフ場における東一〇番と東一八番の隣接状況等

(一) 東一〇番と東一八番との相互の位置関係についてはおおむね別紙図面一ないし四の示すとおりである(別紙図面四は、別紙図面二及び三の合成図面であり、東一〇番と東一八番の隣接状況を示したものである。)。

(二) 東一〇番及び東一八番付近の各形状は、おおむね別紙図面二及び三のとおりであり、東一八番は、フロントティーグラウンドからグリーンまで全長三三三ヤードの打ち下ろしのミドルホールであり、進行方向二〇〇ヤード付近から右側に軽く曲がっている、いわゆる「右ドッグレッグ」のレイアウトとなっている。本件事故当日、東コースでは高麗グリーンが使用グリーンであったので、東一〇番では、ティーグラウンドから向かって右側、すなわち東一八番寄りのグリーンを使用していた。

(三) 東一八番の右にドッグレッグしている地点は、当日使用グリーンの手前約一〇〇ヤードあたりであり、その付近から東一〇番のティーグラウンド付近に急接近する形状となっている。

(四) 右急接近部分における東一〇番のバックティーグラウンドと東一八番のフェアウェイ部分との距離は約四〇メートルで、その間には高さ五メートル前後の松(地上二メートルくらいからの枝が自然生育のままで、東一〇番方向の見通しを遮っている状態)が三ないし五メートル程度の不等間隔で植樹されているほか、地形的に高さ約1.2メートルの段差が存在している。

(五) 右部分における東一八番から東一〇番への見通しは、右松林の樹間の枝下から覗き見るような姿勢で凝視したとき、東一〇番脇のスタートハウスの存在及びバックティーグラウンド付近を確認できる程度である。

(六) 右スタートハウス付属のトイレの扉には、東一八番からの打球によるものと推定されるゴルフボールの打球痕が相当数存在する。

(七) 本件事故後、被告会社は、東一〇番のバックティーグラウンド後方に、東一八番からの打球の飛来を防止するための防護ネットを設置した(以下「本件ネットの設置」という。)。

2  本件事故当日の経緯

(一) 原告河合は、当日、同ゴルフ場の専属プロゴルファーを含む同伴者とともに、東コースでプレーをしており、当日の同伴プレイヤーは原告河合を含め、いわゆる「シングル」級以上の者ばかりであったので、同人らは、キャディーマスター室に届け出た上で、バックティーグラウンド(通常使用されるレギュラーティーグラウンドの後方に位置するティーグラウンド。通常は余り使用されず、公式試合等で使用される。)を使用していた。

(二) 同日午後、原告河合らのグループは、午後のスタートホールである東一〇番のバックティーグラウンド(別紙図面二の左端、「BT」と記載のある部分)に向かうため、同ホール脇のスタートハウスとレギュラーティーグラウンドとの間の小道を通過しようとした。

(三) そのころ、東一〇番に隣接する東一八番では、同ホールの一〇〇ヤード杭(別紙図面三の中央やや右側下、100Yと記載のある丸印)から一メートルほどフェアウェイ寄りの地点から、被告髙橋が、第二打を打とうとするところであった。

(四) 右地点からのグリーンへの見通しは可能であったが、張り出している松の木と地形との関係で、松の木の上を越す打球でなければ、直接グリーン中央を狙うことは困難な場所であった。

また、東一〇番の方向にあたる前方右側には松林の枝が繁っていて、かろうじて同ホールのバックティーグラウンド付近が見通せる程度であったために、被告髙橋は、原告河合及びその同伴者らをその付近に確認することはできなかった。

(五) そこで、被告髙橋は、直接グリーン中央を狙わないで、高麗グリーンとベントグリーンとの間(被告髙橋からは前方やや左の方向になる)を狙って、九番アイアンで第二打を打ったところ、打球は、ボールの上側部分を叩くいわゆる「トップ」気味の右回転の打球となり、低い弾道で五〇ヤードほど直進した後、急激に右側に曲がって、東一〇番寄りにある前記松林の枝の下を通って、東一〇番ティーグラウンド付近に飛び込み、同伴プレイヤーに後れて最後尾を歩いて、東一〇番脇のスタートハウスの傍らに生えている高さ三メートル前後の木の陰から広地に出て、バックティーグラウンドに向かった原告河合の左眼を直撃、同人をその場に転倒させ、本件事故の発生となった。

(六) 被告髙橋の後方にいたキャディーの椎名敏子及び被告髙橋自身も、打球方向に向かって、「フォアー」と大声で警告を発したが、原告にとっては本件打球の警告であることを察知する暇もなく、その直撃を避けることができなかった。

3  被告髙橋の過失の有無について

(一) 前記1、2において認定したとおり、被告髙橋が第二打を打つ前に前方を見ても、東一〇番のティーグラウンド方向は松の枝及び地形の関係で見通しが不十分で、東一〇番ティーグラウンド付近に人影を確認することができなかったこと、クラブ選択及び打撃方向の選択にも特段の誤りが認められないこと、打撃後に打球方向に向かって警告にあたる「フォアー」を大声で叫んでいること等に鑑みると、同被告が、ゴルフプレイヤーとして要求される注意義務に反して第二打をプレイした事実は認められない。

(二) ゴルフプレイにおいては、自己の技量に応じた注意義務(例えば、ゴルフを始めたばかりのビギナーであれば、ボールを正確に打つことができないのであるから、打ちたい方向のみならず、前方一八〇度に近い角度の範囲に人影のないことを確認したうえでプレーすべきであるが、上達するに従って自己の打球の癖に注意して、行きやすい方向に人影のないことを確認してプレイすべきであると言える。)を尽くしてボールを打つべきであり、また、被告髙橋の第二打地点から東一〇番のバックティーグラウンドまでの距離は約四〇メートルに過ぎず、距離的にはどんなクラブを選択しても届く距離であることをも考慮すると、右打撃の際に、東一〇番ティーグラウンド方向についても、打球方向の範囲として、一応は注意すべきであると言うことができる。

(三) しかし、前記認定のとおり、

(1)  木陰から出てきた直後の原告河合に本件打球が当たっていることから見ると、東一〇番ティーグラウンド付近に人影が見当たらなかったとしても不自然でないこと

(2)  角度的にも、被告髙橋の狙った方向と東一〇番ティーグラウンド方向とはかなり異なっており、被告髙橋の技量がそれほど優れていなかったとしても、全くのビギナーとまでは認められず、右打球前のボール位置からの打球が東一〇番方向(右前方)に行きやすい状況にあったと認めるべき特段の事情もないこと

(3)  仮に東一〇番方向に打球が飛んだとしても、松林の枝に遮られていて、直撃的に東一〇番ティーグラウンド付近に飛び込むことを予想することは困難であること

等の事情が存在することに加え、すべてのスポーツ競技に共通して認められるところの「許された危険」の概念に照らして考察するとき、本件打球について、被告髙橋の過失を認めることは相当でないと言うべきである。

(四) よって、原告らの被告髙橋に対する請求はいずれも理由がない。

4  本件ゴルフ場の瑕疵の有無について

(一) 前記1において認定したとおり、

(1) 東一〇番と東一八番とは、東一八番が右にドッグレッグする部分に、東一〇番のティーグラウンド部分の後方が入り込んでいるという位置関係にあること

(2) 東一〇番脇のスタートハウス付属のトイレの扉に、東一八番からの打球によるものと推定できる打球痕がかなりの数あること

(3) 右スタートハウスと東一〇番のバックティーグラウンドとの距離がさほど遠くないうえ、インコースのスタートハウスからバックティーグラウンドへ向かう場合には、右トイレから数メートルしか離れていない場所を通過せざるを得ない位置関係にあること

(4) 東一八番のフェアウェイ部分と東一〇番のバックティーグラウンドとの距離は、東一八番がドッグレッグする部分においては、直線距離で約四〇メートル程度であり、その間に松の木の茂みはあるものの、その高さは五、六メートル程度のものがほとんどで、東一八番からの打球の飛来を防ぐための障壁としては十分なものとは言えないこと

等の事情に鑑みれば、本件ゴルフ場の東一〇番脇のスタートハウス付近は、東一八番からの打球飛来の危険性に晒されていた(この場合、打球は東一〇番のプレイヤーにとっては斜め後方から飛来することになる)ものと見ることができるから、被告会社としては、東一〇番のプレイヤーの安全を確保するために、同ホールのバックティーグラウンドの後方に東一八番からの打球の飛来を防止するための防護ネットを設置すべき管理義務があったものと言うべく、本件ネットの設置以前においては、本件ゴルフ場は、ゴルフ場として通常有すべき安全性を欠いていたものと認めるのが相当である。

(二) なお、被告会社は、スタートハウス付属のトイレの扉に打球痕が東一八番のティーショットによるものであることを理由に、本件事例のごとき第二打による事故を予見することは不可能であった旨を主張するが、前記認定事実を前提とすれば、本件における被告髙橋の第二打地点から東一〇番のバックティーグラウンド付近に打ち込むことは別段希有なこととは言えないうえ、もともと第一打による打球飛来の危険を放置していた結果、本件打球の飛来を防止できなかったのであるから、本件打球がたまたま松の樹間を進入してきたもので、被告会社において、そのような進入の仕方自体を予測できなかったとしても、同被告の安全管理義務の解怠と本件事故との間に相当因果関係が存することは否定できず、結局、本件ゴルフ場が通常有すべき安全性を欠いていたことによって本件事故が惹起された(設置に瑕疵あるに因りて他人に損害を生じた)ものと認めるのが相当であるから、被告会社の右主張を採用する余地はない。

また、被告会社は、スタートハウスとレギュラーティーグラウンドとの間に距離があることを理由に、原告河合らがバックティーグラウンドを使用せず、レギュラーティーグラウンドを使用していれば、本件事故の発生することはなかったとして、本件事故の責任は原告河合にある旨を主張するようであるが、原告河合らがバックティー使用を本件ゴルフ場に届け出ていたことは前示のとおりであり、加えて、原告らのグループには被告ゴルフ場専属のプロゴルファーも同伴していたのであるから、かかる被告会社の主張は理由がない。

(三) 以上によれば、被告会社は、土地工作物たる本件ゴルフ場の占有者兼所有者として、民法七一七条に基づき、本件ゴルフ場の設置・管理の瑕疵による原告河合の後記損害を賠償すべき義務があるものと解するのが相当である。

二  争点3(原告会社らの損害賠償請求権の成否)について

原告本人尋問の結果によれば、原告河合が原告会社の代表取締役として同社らの経営に従事していた事実は認められるが、右を超えて、原告河合と原告会社らとが経済的に同一体であることを認めるに足りる証拠はないから、原告河合のほかに、原告会社らを損害賠償請求の主体と認めることはできないものと言うべきであり(最判昭和四三年一一月一五日・民集二二巻一二号二六一四頁)、そのうえ、本件事故と原告会社らの減収益との因果関係を認めるに足りる証拠もない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告会社らの請求はいずれも理由がない。

三  争点4(原告河合の損害の程度)

1  当事者間に争いのない事実に加え、証拠(甲一ないし五、八ないし二六、原告河合本人、被告髙橋本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故後の経緯及び原告河合の損害に関し、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件事故後の治療の経過

(1) 本件事故発生直後、原告河合は、救急車で長生病院に搬送され、同院において顔面の傷の縫合の処置を受けたが、左眼については、眼球破裂の疑いがあるが、同院では処置ができないとの理由で、千葉県山武郡成東町所在の国保成東病院(以下「成東病院」という。)に転送され、同院において治療を受けることになった。

(2) 成東病院において、原告河合は、左眼について、眼球打撲、前房出血、硝子体出血、眼球破裂の疑いがあるとの診断の下、即日手術を受け、更にその後一〇日間の入院治療(一〇日間)を受けた。なお、同院では、手術の結果、眼球破裂は認められなかったとの診断を下している。

(3) 成東病院を退院した後、昭和六三年一一月八日から翌月上旬ころまで、同院に通院したが、左眼の視力が0.02で矯正不能と診断され、その後、同月二七日に至っても、特段の回復が見られず、経過観察を続けざるを得なかった。

(4) 右のように成東病院での治療の経過が思わしくなかったことから、原告河合は、平成元年一二月六日、東京都港区虎ノ門二丁目所在の国家公務員等共済組合連合会虎の門病院(以下「虎の門病院」という。)で治療を受けることとし、同月八日から翌年一月六日までの間(三〇日間)、同院に入院した。その間、同月一四日には硝子体出血除去の目的で硝子体切除術を施行された。なお、右術中の所見として、眼球破裂と診断されている。

(5) その後、原告河合は平成三年一一月一一日に虎の門病院に再入院し、同月一三日、左外傷性白内障手術・人工水晶体挿入術の手術を受け、同月一九日に退院した。

(二) 後遺障害

原告河合は、本件事故により、外傷性眼球破裂、網膜剥離、外傷性白内障の傷害を受け、平成三年一一月一九日、以下のような症状をもって固定したことが認められる。

(1) 左眼視力障害 左眼視力0.04(矯正時0.06)

(2) 視野欠損   左眼視野の約五分の一が欠損し、暗点を自覚

(3) ほぼ全視野に及ぶ複視

(4) 以上の障害に基づく両眼視機能の損傷

2  以上の事実を前提に、以下、本件事故による原告河合の損害の金銭的評価について検討する。

(一) 後遺症による逸失利益

二九七九万三一二九円

(1) 前記後遺障害による原告河合の労働能力喪失率については、労働省労働基準局長の通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の労働能力喪失率表記載の三五パーセント(同表第九級の2、「一眼の視力が0.06以下になったもの」)と認めるのが相当である。

原告河合は、甲第五号証の記載を根拠に、本件後遺障害は片目完全失明とほぼ等しく、労働能力喪失率は四五パーセントと見るべきである旨を主張するが、前示の後遺障害の内容に照らし、右主張を採用することはできない。

(2) 前示のとおり、本件後遺症の固定時は平成三年一一月であり、原告河合(昭和二二年三月二一日生)は当時四四歳であったから、その就労可能年数を二三年(四四歳から六七歳まで)とし、平成三年の賃金センサスによる産業計、企業規模計、学歴計、男女別、年齢別の平均賃金額六三一万〇八〇〇円を基礎とし、これに前記認定の後遺障害に基づく労働労力喪失率三五パーセントを乗じたうえ、ライプニッツ方式に従って中間利息を控除して算定すると(ライプニッツ係数=13.4885)、次のとおり二九七九万三一二九円となる。

631万0800円×13.4885×0.35

≒2979万3129円

(3) この点、原告河合は、本件事故当時(平成元年)の同人の実際の年収である一三一四万円を逸失利益算定の基礎とすべきであると主張するが、原告河合が原告会社らの経営者であって、その収入の大半が原告会社からの報酬(形式的には給与)であることを考えると、原告河合の当時の年収全部をもって、逸失利益算定の基礎とすべきものと認めることは困難である。無論、経営者に対する報酬においても、その中に労働の対価たる部分が含まれ得ることは当然であるが、本件全証拠をもってしても原告の主張する年収のうち、労働の対価たる部分がどこまであるかを確知することはできないから、結局、実収入を逸失利益算定の基礎とすることはできないと言うべきである。

(二) 積極損害

五四万九〇〇〇円

原告河合本人尋問及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、医師等への謝礼等として金五〇万円を支出した事実が認められ、ほかに入院中の雑費として、金四万九〇〇〇円(入院期間四九日)を認めるのが相当である。

右支出は、本件事故と相当因果関係を有する損害である。

(三) 慰謝料 七五〇万円

本件事故の態様、傷害の程度、治療の経過、後遺障害の部位、程度及び将来の見通し並びに原告河合の営む事業に与えた影響等、諸般の事情を総合すると、本件事故により被告会社が原告河合に支払う慰謝料は、入通院による慰謝料を一五〇万円、後遺障害による慰謝料を六〇〇万円と認めるのが相当である。

(四) 弁護士費用 三八〇万円

原告河合が本件訴訟の提起・追行を弁護士に委任したことは記録上明らかであり、弁論の全趣旨によれば、原告はその報酬として、本件の認容額の一割程度を支払う旨を約したものと認められるところ、本件の審理の経過並びに事案の難易度等に照らすと、前示(一)ないし(三)の合計額の約一割である三八〇万円をもって、本件事故と相当因果関係ある損害と見るのが相当である。

3  よって、本件事故と相当因果関係を有する損害の額は、前記2の(一)ないし(四)の合計額である四一六四万二一二九円であると認めることができる。

四  結論

以上の事実によれば、原告河合の被告会社に対する請求は、金四一六四万二一二九円及びこれに対する本件事故発生の翌日である平成元年一〇月二七日から支払済みまで年五分の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、原告河合の被告髙橋に対する請求及び原告会社らの被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官村田鋭治 裁判官早田尚貴)

別紙図面一〜四〈省略〉

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